フレンチブルドッグの「立ち耳」は当たり前じゃなかった!?バットイヤーを守った125年前の反乱

立ち耳(バットイヤー)は米国が決めた

フレンチブルドッグといえば、ピンと立った大きな「コウモリ耳」がトレードマーク。でもあの耳の形、実は「あって当然」のものではありませんでした。

もし125年以上前にアメリカの愛好家たちが立ち上がっていなかったら、フレンチブルドッグの耳は垂れていたかもしれないのです。

かつてのフレンチブルドッグには「垂れ耳」タイプがいた

19世紀末、フレンチブルドッグには2つの耳の形が存在していました。

タイプ特徴支持地域
バットイヤー(コウモリ耳)ピンと立った大きな耳。現在のフレンチブルドッグの標準アメリカ
ローズイヤー(バラ耳)イングリッシュブルドッグに近い垂れた耳イギリス・フランス

イギリスやフランスのブリーダーはローズイヤーを好んでいましたが、アメリカのブリーダーたちはバットイヤーこそフレンチブルドッグの個性だと考えていました。

世界初のフレンチブルドッグ専門クラブ誕生

1896年、フレンチブルドッグがアメリカのウェストミンスター・ケネルクラブ・ドッグショーに初めて出展されました。しかしこのとき、イギリス人の審査員がローズイヤーの犬ばかりを高く評価。バットイヤー派のアメリカ人愛好家たちは激怒します。

翌1897年、彼らはフレンチ・ブルドッグ・クラブ・オブ・アメリカ(FBDCA)を設立。これは世界初のフレンチブルドッグ専門クラブで、犬種標準に「バットイヤーのみ」と明記しました。

1898年ウェストミンスター事件 – 怒りのボイコット

ところが1898年のウェストミンスター・ドッグショーで、バットイヤーとローズイヤーの両方が審査対象になっていることが判明します。

FBDCAのメンバーたちは、このショーに多額のトロフィー寄付をしていた立場。それにもかかわらず自分たちの基準が無視されたことに怒り、出展を全面ボイコット。審査員に選ばれていたFBDCA会員も参加を辞退しました。

高級ホテルで開かれた「反乱のドッグショー」

そしてFBDCAメンバーたちは、独自のドッグショーを企画します。

会場はなんと、ニューヨークの超高級ホテルウォルドルフ=アストリアの最上階サンパーラー。ヤシの木や鉢植え、高級ラグにソファが並ぶ豪華な空間で、バットイヤーのフレンチブルドッグだけを対象としたドッグショーが開催されました。

ニューヨーク社交界の名士たちに彫刻入りの招待状が送られ、会場は大盛況。もちろんローズイヤーの犬は一切出入り禁止です。

初代チャンピオンに輝いたのは、「ディンブーラ」というブリンドルのフレンチブルドッグでした。

この「反乱」がフレンチブルドッグの未来を決めた

ウォルドルフ=アストリアでのショーは大成功を収め、アメリカ国内だけでなくヨーロッパにも大きな影響を与えました。

当時のロンドンの新聞には「イギリスのブルドッグは終わった」という記事まで掲載されたほどです。

この出来事をきっかけに、バットイヤーはフレンチブルドッグの犬種標準として世界的に確立されていきます。

  • 1898年:ウォルドルフ=アストリアで初のFBDCA単独ショー開催
  • 1898年:パリのドッグショーでもバットイヤーのクラスが新設
  • 1905年:フレンチブルドッグがイングリッシュブルドッグとは別の犬種として正式に認定

現在、世界中で「フレンチブルドッグといえばあの立ち耳」とイメージされるのは、125年以上前のアメリカの愛好家たちが信念を貫いた結果なのです。

まとめ

  • かつてのフレンチブルドッグには垂れ耳(ローズイヤー)タイプも存在した
  • 1897年、世界初のフレンチブルドッグ専門クラブがアメリカで設立され「バットイヤーのみ」と明記
  • 1898年、ウェストミンスターに抗議してウォルドルフ=アストリアで独自ショーを開催
  • この「反乱」がきっかけでバットイヤーが世界標準になった

あなたの愛犬のピンと立ったかわいい耳。それは、フレンチブルドッグの個性を守るために戦った人たちがいたからこそ存在しているのです。

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