ロシア最後の皇帝一家が飼っていたフレンチブルドッグ「オルティポ」の物語

ロシア最後の皇帝ニコライ2世の一家が、フレンチブルドッグを飼っていたことをご存知ですか?
皇女タチアナに愛されたフレンチブルドッグ「オルティポ」は、革命の嵐のなかで一家とともに過酷な運命をたどることになります。
皇女タチアナとフレンチブルドッグの出会い
1914年、第一次世界大戦が勃発。ニコライ2世の次女タチアナ皇女は、看護師として傷病兵の看護にあたっていました。
そこで出会った負傷兵ドミトリー・マラマから、1匹のフレンチブルドッグの子犬を贈られます。タチアナはこの犬に「オルティポ(Ortipo)」と名付けました。マラマの愛馬の名前で、彼への敬意を込めた命名だったとされています。
タチアナは日記にこう記しています。
「マラマからフレンチブルドッグが届きました。信じられないくらいかわいい。とても幸せ」
ロマノフ家の日記に残るフレンチブルドッグあるある
オルティポはロマノフ家全員に愛され、一家の日記や手紙にたびたび登場します。
なかでもフレンチブルドッグオーナーが思わず共感するのが、いびき問題。オルティポはタチアナと姉オリガの寝室で眠っていましたが、盛大ないびきをかくため、オリガはしばしば睡眠を妨げられたと記録されています。100年前のロシア皇室でも、フレンチブルドッグのいびきは健在だったようです。
ほかにも日記にはこんな記述が残っています。
- 「オルティポはいま床に寝転がって、サッカーボールを噛んでいます」
- 子犬が生まれたときは「とても小さくて不格好で、誰に似ているのかわからない」
- 「オルティポはとんでもなくかわいい。よろしくと言っています」
皇女が綴るフレンチブルドッグへの愛情は、現代の飼い主のSNS投稿と驚くほど似ています。
革命、流刑 – とともに
1917年のロシア革命後、ロマノフ一家は幽閉されます。オルティポは一家とともにシベリアのトボリスクまで同行しました。
タチアナが泥道をスーツケースとオルティポを両腕に抱えて歩く姿が、記録に残る最後のエピソードです。
悲劇の結末 ─ 吠えた犬と吠えなかった犬
1918年7月、ロマノフ一家はエカテリンブルクで処刑されました。
そのとき、一家のそばには3頭の犬がいました。
| 犬の名前 | 犬種 | 飼い主 | その後 |
|---|---|---|---|
| オルティポ | フレンチブルドッグ | タチアナ皇女 | 処刑時は外にいて助かったが、大声で吠え続けたため番兵に殺された |
| ジミー | キャバリア | アナスタシア皇女 | 処刑の場にいて命を落とした |
| ジョイ | スパニエル | アレクセイ皇太子 | あまり吠えなかったため生き延び、最終的にイギリスへ渡った |
オルティポは処刑の瞬間にたまたま外にいたため、その場では命を落としませんでした。しかし家の周りで大きな声で吠え続けたことが番兵の怒りを買い、殺されてしまったと伝えられています。
一方、吠えなかったスパニエルのジョイは生き延び、紆余曲折を経てイギリスに渡り余生を過ごしました。
まとめ
- ロシア最後の皇帝一家がフレンチブルドッグ「オルティポ」を飼っていた
- 日記にはいびき問題や子犬の話など、現代の飼い主と変わらないフレンチブルドッグあるあるが記録されている
- 革命後の流刑にも一家とともに同行した
- 最期は「吠えたか吠えなかったか」で犬たちの運命が分かれた
激動のロシア史のなかで、皇女に寄り添い続けた小さなフレンチブルドッグ。オルティポの物語は、フレンチブルドッグと人間の絆の深さを物語っています。

